金正男はまともでいい人そう?エピソードは?兄弟の今や仲を調査!

こんにちは、倫太郎です!

金正男(キム・ジョンナム)さんは、

結局いい人だったのかどうなのかが

気になってしまいませんか?

テレビのインタビューや記者からの

質問などで見せる笑顔や返答からは、

頭も良く、とてもまともでいい人そう

愛嬌のある印象を受けますね。

日本のネット社会では人気があり

名前の文字通り「まさお」と呼ばてますよね。

どんないい人エピソードがあるのでしょうか?

今現在は兄弟仲は、

よかったのか悪かったのか

についても調べてみました



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金正男はまともでいい人なのか?

金正男さんは

1971年5月10日平譲生まれ

北朝鮮の第2代最高指導者であった

金正日(キム・ジョンイル)さんの長男ですが、

出生当時は、

息子の存在を外部に知られないように

していたそうです。

しかし祖父の金日成さんには、

かなり可愛がられスイスやソビエトのモスクワへの

留学経験もあるようです。

現在の北朝鮮の第3代最高指導者金正恩(キム・ジョンウン)氏の

異母兄弟にあたる、北朝鮮のプリンスです。

母は成蕙琳(ソン・ヘリム)さんで

映画などにでていた女優さんだそうで、

受け答えなどの評価が高いのはお母様の

影響もあるかもれませんね。

奥様もいらっしゃって

お子様も3人おられるそうです。

母国語の朝鮮語の他に、

英語やフランス語、

ロシア語、中国語もある程度話せたようで、

英語でインタビューに答える姿や、

日本人から朝鮮語で、

「日本語はわかりますか?」

とうい問いに、

日本語で、

「日本語わかりません」

とユーモアたっぷりに答えたようです。

日本語までわかるとは、

ずいぶん頭が良くて勉強されたんでしょうね。

金正男のエピソード

2001年に成田空港で、

ドミニカ共和国の偽造パスポートを持った、

中国人名義の男性と妻子が

入国しようとしたところ、

拘束されるという事件が起こり、

日本政府はこの男性を断定していませんが、

金正男さんだったようで、

この事件をきっかけに

後継者争いから外れたようです。

ちなみにこの男性は何故日本に来たかったか?

との問いかけに対して、

「東京ディズニーランドに行きたかった」

述べており、

中国へ移送されたようです。

なんとも来たかった理由が

微笑ましいですね。

当時の小泉総理大臣は、

法的手続きに落ち度がないよう

きちんとやるべきだ

という方針に基づき、

適切な処理が取られたと述べています。



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北朝鮮の政治には無関心?

朝鮮では家督を相続するのは、

長男であることから

後継者候補であったことは

間違いなさそうですが、

政治よりファッションに興味があり、

色々な国へ関心を寄せるなど、

グローバルな考え方の持ち主であることから、

「個人的には3代世襲に反対する」と言ていました。

2009年父である金正日さんの体調がすぐれず

後継者問題が注目された際、

マカオでのインタビューに、

「後継者は父が決める事。

正恩は自分の弟であり、

それ以上でもそれ以下でもない。

弟との関係も悪くない。

個人的には後継者問題にも政治にも興味がない」

と話し、

「正恩が北朝鮮の国民のために

最善を尽くすことを祈っている」

と英語で応じていました。

立ち去る際には、記者に対して「マカオを楽しんで」

と笑顔で消えていった。

とてもいい感じの人ですね。

その姿は度々メディアにも取り上げられているが、

厳重な警備もなく、インタビューにも答えてくれる

気さくな人柄です。

どんな国へいったのかという問いかけにも

色々な国を旅行した、

シンガポールもヨーロッパもと

記者から日本へは?

との問いには、

「今はいかないよ。

残念ながら日本へは簡単にいけないんだ」

と笑顔で答え

爆笑を誘っていました。

兄弟の今は?仲はよかったのか?

金正男さんとしては、

北朝鮮がよくなれば後を継ぐのは自分でなくてもいい

と地位には固執していないように感じられますね。

一方の金正恩氏はどう思っていたのでしょうか?

今回の事件の結果としては、

兄弟間では

よく思っていなかったということになりますね。

実際、金正男さんは、

目の上のたんこぶだったと

報じているメディアもあるようです。

権力にも地位にも固執せず

自由奔放に生きる兄が

羨ましかったのかもしれませんね。

今を生きた兄と

世襲に縛られた弟

という関係だったのでしょう。

まとめ

日本が好きで、

頭脳明晰、

そして愛嬌のある

金正男さんが、

もし最高指導者への道を歩んでいたなら、

世界情勢は

大きく違っていたかもしれませんね。





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